新聞奨学生になろうとした知り合いの子を止めたはなし

新聞

こんにちは。loutre(ルートル)です。

知人から相談受けたんですよ。
「子供が新聞奨学生に申し込んだ!やめさせたい。なんとかならないかな?」
なぜなら、私「新聞奨学生」だったから

上から目線で「おやめなさい」と説得しても、本人の決心を強くさせるだけかな?と思い、私の体験談だけを話しました。
元々は子供本人が決めたことだし、話を聞いて本人に判断させれば納得感もある(はず)。
本音は「めんどくせぇ好きにやらせればいいじゃん」でしたが。それはナイショ。

で、淡々と聞かせました。
その結果、即決で「やめる・・」一件落着。やったね。

新聞奨学生の制度

端的にいうと学費を借りて体で返す仕組みです。

次の特徴があります。

・奨学金で学費を前借できる
・奨学金は新聞配達ほかの労働で返済する
・奨学金とは別に給料が支給される
・朝夕の食事付き
・住居費不要、水道光熱費がかからない

大手新聞社の名前で「〇〇新聞奨学生」として募集しているので安心感があります。

パンフレットの「奨学生の1日」も一般人が想像する新聞配達とまぁ違わない。
進学に燃える若者にとっては費用面の魅力とあいまって「キツそうだけど頑張ればいけそうだ!」と思うわけです。

で、実際にどうだったのか?私の体験を紹介していこうと思います。

新聞奨学生はキツいの?

とにかく キツい ツラい

新聞奨学生をやってみようと思っている方。他に方法が無いか考えてください。
私は、もう二度とごめんです。

新聞奨学生で経験したこと

地域や配属される新聞販売店しだいで、待遇に大きな差ができます。

アタリではパンレットのモデルケースのような生活、ハズレでは超絶ブラック余裕で過労死の生活です。
私はもちろんハズレでした。

ちなみに選択権はありません。配属先は勝手に決められていました。

新聞販売所の業務は新聞配達だけではありませんでした。

・朝刊、夕刊の配達
・チラシの折込
・集金
・セールス(俗に「拡張」といわれます)
・お客のクレーム対応
・自衛隊駐屯地での新聞販売

1日のタイムテーブルはこんな感じです。
日曜日は夕刊の配達がなく、かわりに集金とセールスにあてられます。

1:30 起床。アパートを出て販売所へ向かう。
2:00 朝刊到着。配達の準備。
2:20 ひたすら配達。
全国紙最弱の毎〇新聞だったので、配達部数が少なく家と家の間隔がクソ広い。
一軒いれて次までフルスロットル。時間ばっかりかかる。
6:45 販売所に帰還。朝食を食べて対面販売の準備。
7:15 自衛隊の駐屯地で新聞の対面販売。
7:45 販売所に期間。朝刊不着のクレーム対応。
9:00 アパートへ戻る。仮眠。
11:00 チラシの折込作業。昼食。(夕刊にチラシを入れていた)
13:30 夕刊到着。配達の準備。
13:50 ひたすら配達。
17:00 販売所に帰還。夕食を食べて朝刊の準備。
18:00 集金&セールス。一回りして販売所に帰還。
20:00 アパートへ戻る。

おまえ学校いってねーじゃん。

無理無理。初めの頃はがんばって通学しましたが続きません。
眠くて授業に身が入らないし、夕刊配達のため午後の授業出てられないのです。

これが、1年365日のうち364日続きます。364日ですよ!!
休刊日があるんですが、夕刊の配達があるので完全な休日にはなりません。
唯一完全休日は1月2日、ただ1日だけでした。

セールスにノルマがあったのもキツかったです。
読み慣れている新聞を他紙にかえる人なんてまずいません。
そのうえ毎○新聞のブランドでは無理。学生ごときのセールスでは圧倒的に無理です。
苦肉の策で、長いこと購読して頂いているお客様にあえて延長契約をお願いして、ノルマの数合わせをしていました。
契約とると1000円ほどもらえました。

こんだけやって、給料は一ヶ月2万円。明細は無し。
労働基準監督署にタレこむべき案件ですね。当時はそんなこと発想もしませんでした。

過酷な労働環境なのでどんどん疲弊してくるんです。
そんな状態でバイクを運転するので、よく事故にあいます。私は4度ですね。
不幸中の幸いで、加害者になることはありませんでした。
夕刊配達中の事故で足を7針縫ったんですが、病院から販売所に帰ると私の配達区域がまるまる残ってました。
泣きながら配達したっけ。

振り返って思うこと

新聞奨学生のパンフレットに書いてあることはウソではないが、保障されたものではないことです。
なぜなら雇用契約は配属された新聞販売所とおこなうから。大手新聞社は介在しますが責任は持ちません。

新聞販売所は独立した法人なので労働環境や待遇はちがいます。
私のいた販売所ではノルマ付きセールスや自衛隊駐屯地での新聞販売があり、これはパンフレットになかった業務です。

パンフレットと違うことや授業時間のことを所長に話すと「おまいらを学校に通わせるつもりはねぇ」と宣言されました。
奨学会に相談窓口があったので相談してみたのですが何もしてくれません。
いまならば戦えますが、当時はウブでカッペな青年だったので泣き寝入りでした。

新聞奨学生は新聞販売所にとって貴重な労働力として、いいように使われるのだと思います。
たまにニュースになっている外国人研修生みたいな扱いですね。

結局新聞奨学生をやめた

結局のところ新聞奨学生をやめ同時に学校も中退しました。
トータルで2年いたことになります。

やめる直前はパートのシフト調整もやるようになっていました。もはや専業状態です。
シフトをうまく組んで、みんなが休める時間をひねり出したかったんですが、その調整で所長と衝突してしまいました。
所長から「そんなに休みたいならもう出てくんな!」と激怒され、翌日の朝刊をボイコットしました。
翌日は結構な土砂降りだったので配達が心配になり、4時ごろ販売所に出て自分の区域だけ配達しました。

この日を最後にやめることになりました。
ここにいてはダメになると思い続けていたので、いい機会だったと思います。

当時はミニマリストみたいな生活だったので、荷造りは半日で終わり。
翌日には引き払って実家へ戻りました。
2年ぶり対面した実家の犬が覚えていてくれて感激しました。

最後に

この経験のおかげで、新聞って信用ならんなと気付けました。
過労死の記事見ると「おまいらの足元にゴロゴロしてるだろうが」って思いますよ。
身内のことも批判できないくせに「社会の木鐸」とかって頭わいてんのか。

とりあえず、毎〇新聞のクソが!!!滅びろ!!!

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